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どこへ行こうか?

ムスリムは祈る。基本的には日に5回。でももちろんその人の勝手だからやらない人も多い。でもやる人はどこでもやる。バス停でも会社でも学校でもレストランでも。まぁあんまり珍しい光景じゃないけど、今日久々にレストランで祈り始めた人を見た。
『サッラー(祈り)』を見るのが好き。同時にうらやましい。神様に祈るという気持ちが俺にはよく分からないから。とても尊い行為のように見える。きっとその人は俺の感じた事のない心の状態を感じることが出来るんだろうなーって思う。何考えてるんだろうね?今までイスラム圏に計2年以上いるのに聞いたことなかった。でも聞いても理解できるだろうか?俺にゃ雑念が多いからね。ていうか雑なものばかりで構成されてるね。間違いない。

そんな俺だけど1度だけ本気で祈ってみたことがある。昔、イランのシーア派の聖地マシュハド。普通のモスクとは違う、ものすごい熱気だったのを覚えてる。モスクにある聖廟に群がる人と感極まって泣く人。自分の存在の疎外感を感じざるを得ない。そしたらそこにいたあるイラン人が「自分の言葉でいいから祈ってみなさい」って。祈ると自分がその場に溶け込む。涙腺が緩む。そこで祈ったこと、それがきっと俺がシリアを希望して協力隊に来た理由だったと今思い返してる。もう3年半経った。

こんなこと思い出したのも、最近自分が何で協力隊に参加したのかを考えさせられることがあったから。協力隊の2年間は通過点、やりたいことへのステップだったはず。別にだからといって手を抜くとか言うことじゃないです。大事な自分の未来への道ならばむしろ手を抜いてはいけない。

やりたいことは今も変わらない。でも道は色々あるんだろうって最近思う。そしたら見えてきた足りないもの。予想よりも多い。心のバランスを保ちながら機会を追うこと。コレをなしうる道はどれなんだろう?最善の道って頑張れば選べるものなのか?でも同時に選びたい道が背反していたら?
『選んだ道に後悔しないように』。人にはよく言うけれど、実践が超難しい。とりあえず今はまだ決められない。時間が必要だな。でもマゴマゴもしていられない。

今日レストランで祈ってた彼。お祈り後、大きなかばんを持ち出しそこの店主と商談を始めた。
予想を大きく裏切った彼の行動。人の行動なんてわかんなくて当たり前なのになんかまだまだだな俺はって気にさせられた。完敗だった。
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