スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歩み寄るのはどちらか?

日本のNGO付きのインターンではあるけれども、現在お世話になっているのはガザにある聾学校。「ネットをどこでもいいから使わせて欲しいんですけど~~」と頼んだらオフィスの一室のあまってる机を使っていいということに。最高です。

今日はその聾学校のアラビア語手話の先生による他の先生やスタッフへの手話講義があった。みんながみんな必ずしも手話が出来るというわけではない。俺はそもそもアラビア語に問題があるので、分かる単語だけみて真似してた。。

そんなとき、ふと思ったのが、『手話は特殊技能か?』ということである。一般的に出来る人が少ないという意味でYESなのだろうけど、これは本当にYESでいいのだろうか?というのが今日の疑問。

『話す』という単語の意味。俺にとって、これまでは、口を使ったもの限定だった。手話は特殊技能であり、その特殊性は『彼らが聾であり手話を使う』というところから来ていたのだと思う。ただ今日はちょっと違うように思う。手話の特殊性は『俺が『話す』ということを偏った方法、つまり口を使ってでしか出来ない』というところから来ていると感じた。

前にベトナムにいる友達がMIXIに「私が彼らとコミュニケーションをとれないのは外国語のグローバルスタンダードといわれる英語しか話さないから」と書き、それを「偏っている」と表現していたのだが、まさにそんな感じである。

恐らくどこの社会でも聾の人たちをそうでない人たちと同じように学校や仕事に受け入れるのには難しい。問題とされるのは様々あるかもしれないけど、やはりコミュニケーションが成り立たないというのは一つの鍵であろうとおもう。その問題の解決に聾の人が何かして歩み寄らなければいけないのか?それとも自分の言語を口でしか話すことの出来ない人が歩み寄るべきなのか?エンパワーされるべきは少数派か、多数派か?それともそんなこと関係なく両方か?

社会のルールや許容というのは常にまず多数を形成する人々に合わさるものだと思う。多数に心地よい社会を作った結果、誰かがその社会から疎外されるようなことになった場合、それを正すために多数にいる人々が出来ることは大きく、そこへのアプローチが肝心なのではないかと思う。
スポンサーサイト

コメント

to よこさん、さくらんぼ男子

to よこさん
想像する力・・・・ある意味大得意ですけど、妄想ですけどね。
ほんと、日々勉強させてもらってます。このインターン。

to さくらんぼ男子(cherryboy軍曹)
『軍曹さーーん!!やっぱりすごいですぅ。』(二等兵)
『今回は、本気か!?』(伍長)
『クークックックッ』(曹長)
な気分。
さて。マジでありがとう。実を言うとコメント期待してました。そして色々勉強になります。
>聴覚障がい者と健聴者の橋渡しをうまくやっていないこと
俺なんて特に何もやってない身だから、悪いとか悪くないとかは全くないのだけれど、この橋渡し、やっぱ必要だなと感じる。やっぱコミュニケーションが出来ないのってのは結構なストレスであり、時に恐怖であるわけで、そこに助けを入れてくれてはじめの一歩を後押ししてくれると、新しいコミュニケーションの可能性も出てくるかもしれない。別にこれは聴覚障がい者が健聴者に溶け込むというのはなく、ただの個々のコミュニケーションの可能性としてさ。そうすると
>聴覚障害者が音声言語の中でうまくやるような手段を見つけるのがいいのか??
>俺はこちらの方がより現実的であると思います。
というものがより現実になりやすいと思うんだよね。正直ね、俺は『聞こえなんじゃ、健聴者と一緒の生活は無理でしょ』とか思ってた。ただ軍曹の言うようにSpecial needsはあるかもしれないけど、もしかしたらそのNeedsは俺が想像するより簡単にまかなえるのかも。ただそれを考えようと思うきっかけもなかった。本当に遠い存在だと感じていたから。

まだ単語単語で数えるほどだけど、手話を覚えてみてる。触れ合うきっかけが欲しいから。挨拶後は手話通訳の助けを借りるけど、まぁ隊員のときに任地に入りたてのときのような感覚ですわ。これからまだまだ学ばせてもらうであります!!


続☆軍曹であります

前にも言ったことあるかもしれないけど、
俺は
「特別支援教育(special needs education)」
という言葉が大好き☆

要は、障がいを持っている人たちは「特別な支援」が必要であって、それがあれば、限りなく、通常の生活や教育を受ける際に困難が生じないという考え☆

誰しもが限りない可能性を持っている。

それは健常者も障がい者も、途上国も先進国も、右も左も全く同じ。

その可能性を引き出す、計画的な支援が必要だということ。
この観点で↑のことを考えると、「新しい世界」にいけるかもよん♪

Cherryboy軍曹

はい、元ろう学校教師ですが。

今は漢字で「聾」って書かない方向なんだよねぇ~日本では。
理由:聾という字は、龍に耳とかくでしょ?龍には耳がないんだよねぇ~そこから聞こえない=聾となったそうだが、でも聴覚障害の人は(小耳症の人を除いて)耳はあり、彼らの問題は主に、中耳、内耳の聴覚神経に問題があるので。
なのでこの「聾」という字は適切でないと言われ、一部のろう学校ではひらがなで「ろう」を書いています。

で、本文なんだけど。
例えばさぁ、
>>外国語のグローバルスタンダードといわれる英語しか話さないから

じゃ、その他の言語を全てマスターできるのですか??というお話しですよ。
うち等はそのことの難しさを知っているよねぇ~、如何に一つのマニアック言語(英語以外)を学ぶことが難しいか。


事実として、
この社会には綺麗事が越えることのできない「限界点」があります。
こと、うちらの職業は、現地語ができなくてもその国や地域でうまく適応するための「第6感」を、如何に養うかが重要だと思います。
それは実際に現地で働いてみて、そこでの「深い観察」から養われると思っています。

で、障害者のお話し。
障害者はそれぞれの国で最低2%はいるんですね、統計的にそういわれています。その中で、手話を使う重度聴覚障害者(聾者)は恐らく全人口の0.5%以下です。(主な障害者は知的障害と肢体不自由だから)
ちなみに日本で一般的に「手話」と認識されている日本手話は(日本には10種類以上の手話が存在します)、日本語と文法構造が違うそうです(俺にはその違いはわからないけど)。

今回の件が、手話を使う社会にいるから悩んでいると思うけど、
もしこれが沖縄弁や東北弁を使う社会の話しだったら、Youはどう思う??
まぁ東北地方や沖縄でもうち等の言っていることは理解しれもらえるけど、それでも沖縄弁や東北弁を話そうと思う?

俺は手話は方言みたいな感覚と認識しています。一つの文化です。

前に大学授業で教授が言っていた興味深い一言、
「民族の定義は親子が同じ言語を話すこと。しかし健常者の親から生まれた、聴覚障害の子どもは違う言語を話すので同じ民族の定義にはならないのではないか?」と。

だったら手話を一つの文化、もしくはポップカルチャーにしちゃえばいいんだよね。
良い例が「星の金貨」。
あれによって手話が普及した。

俺は健聴者に手話を知ってもらうことには限界をとても感じています。
コレは俺が現場にいた「現実」から思うことです。9回裏、8点差をひっくり返すよりも難しいと思う。だって、健聴者はみんな忙しいし、ときに残酷だから。

じゃ、聴覚障害者が音声言語の中でうまくやるような手段を見つけるのがいいのか??
俺はこちらの方がより現実的であると思います。

でも、それと同時に、本当にがんばらなくちゃいけない人は、聴覚障害の方と接しているうち等みたいな健聴者の専門家です。ほんと、うち等が悪い。
うちらが聴覚障害者と健聴者の橋渡しをうまくやっていないことが悪い。
この分野の専門家は「健聴者」の感覚で、聴覚障害者の教育を考えている感があるので、それが悪い。

俺の意見ですが、どちらが歩み寄れるかと考えるよりも、
二つの垣根を取っ払い、できるだけごちゃ混ぜ、グチョグチョな世の中にできるが重要だと思います。

アドバイスとしては、
「世界に一つだけの花」。
健聴者の中で大人気の歌に手話をのっけて、その歌手に歌ってもらう。
そうすると健聴者は手話を、ダンスの振り付けを覚えるように、小脳での反射で手話を覚えるようになる。手話にも興味を持つ。
手話が使える健聴者は、聴覚障害者に対する精神的抵抗が減る。
そうすれば健聴者と聴覚障害者のコミュニケーションもある程度までは、「限界」までは増える。
そういうアプローチもあると思います。

アラビア語の手話かぁ~興味あるなぁ。
ちなみに手話は概念を扱うものだから、アメリカ英語とイギリス英語では手話がもちろん違います。
今度アラビア語手話教えてね!まぁ「概念を表現する」のが手話だから、結構すぐにわかると思うよ~

>誰かがその社会から疎外されるようなことになった場合、それを正すために多数にいる人々が出来ることは大きく、そこへのアプローチが肝心なのでは

確かにねー。でも、多数派にいる時に少数派の立場になって考えるって、本当にむずかしいよね。当然と思ってることがあまりにも多いから。持てる者が持たざる者の立場になるのも然り。そういう意味では、想像する力とか重要かも。

少なくとも、幼稚園の先生の言葉は正しかった!と思う今日この頃。未だに覚えてる。「自分がやられていやなことはやってはいけませんよ」確かにー、自分が逆の立場だったらって、考えてみる、簡単なようで難しいもんね。

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。