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まっすぐな質問にどう答えたら良いか分からない時

シリアにいたときも度々あったけど、あの時以上にどうすれば良いか分からないことが一つ。それは「宗教は何?」と子どもに聞かれたときのことである。
まぁ正直言って特にないのだけれど、死んだときのことを考えると多分仏教のやりかたで俺の葬式はなされるであろうことに何も抵抗を感じないという部分で仏教徒であるといって良いのかもしれないし、結構いろんな物に魂のようなものが宿っていると何となく思っていて、お守りとか持ったりするという部分で神道であると言ってもいいのかもしれない。ただ少なくとも一つ言えること。それは「俺はイスラム教徒・キリスト教徒・ユダヤ教徒のどれでもない」ということである。いやまぁ、そこの土地にあわせて嘘つくことは出来るのだけれど、信じてない宗教を場に応じて語るのはちょっと失礼かなと思い、しないようにしているのです。

シリアではまぁよかった。結構な確率で「仏教」というものの存在を子どもも知っていた。仏教の中身を知っているか知らないかなんてどうでもいい。ただ仏教といわれる宗教が、というかイスラム・キリスト・ユダヤ以外の宗教がこの世に存在するという認識があるというだけでそれは大きな違いである。少なくとも俺がイスラムかキリストかユダヤ教徒でないからといって、それを怖がることはない。

ただ最近、ガザの子どもたちに「宗教は?」と聞かれ、「仏教」と答えると数人からこれまでにない反応が返ってきた。文字通り『ドン引き』である。顔色が変わる。それを見ていた先生が割って入り「タクヤ・ムッシュ・ムスリム・バッス(たくやはイスラム教徒ではない、それだけよ)」となんとなくその場を収めるのだ。分かるだろうか、この微妙な言い回し。「彼は仏教徒よ」というのと「彼はムスリムではない」という言葉の違い。前者は子どもたちが知っている3宗教とは全く違う宗教の信者であるということを明確にし、後者はもしかしたらキリスト教徒かユダヤ教徒かもしれないという勘違いを促せること。それでも明確な答えを求める子どもは繰り返し聞いてくるのだ「エーッシュ・ディーンナック!?(あなたの宗教は何!?)」と。たまに何か試されているようにすら感じる。特に10~12歳ほどの思春期の始まったほどの子どもたちに多い。
そこでちょっと先生に聞いてみた。「もしも仏教と答えたら子どもはどう思うと思う?」と。そしたら「怖がるかもしれない」といわれたわけさ。いや~それは困った。でも嘘つけないし。かといって、仏教についてもしも懇々と説いたら(まぁそんな知らないんだけど)、それはそれで一部から反感を買うかもしれない。『子どもに他宗教を伝道している』という感じにとらわれる可能性があるからである。インターンをしているNGOがガザで通信員として雇っているイブラヒム。イギリスでMAを取り、封鎖されているガザにおいて結構外の世界を知っているであろうこの男。いつも外国人の俺に的確なアドバイスをくれる彼にどうすればいいか聞いても初めて明確な答えが返ってこなかった。いや~マジで始めてみるドン引きだったからね~。彼と一緒にいたときも子どもたちに俺の宗教を聞かれたのだけれど、口の達者な彼はまずその質問を無視し、うまくうまく話をそらし、最後に子どもたちにパレスチナの民謡を歌わせる方向に向かわせたのである。ただそれは俺には出来ない芸当なのだ。聞かれている本人だし。
気軽に答えることも、深く説明をすることも、うまく話をそらすことも出来ない質問に俺は一体どういった対処をすれば良いのだろうか?
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コメント

to さくらんぼ男子

何に!!??

最高ですか~~!

って叫んで、なんかわからないノリで勧誘しちゃえば??いいい商売になるかもよ~

to shu1, sari

to shu1
なるほど。それでうやむやにすれば良いのか!!今までそうやってピンチを乗り越えたのか??

to sari
そーねー。仏教というより神道といったほうが良かったかもしれない。神道も人が神様的になるというよりアニミズム的な感覚で説明したら反発も食わないかもね~。

神道

って、応えた場合、どうなるのかな?

解答その1

質問には質問で返すのだよ。

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