スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

代えられないもの

中学の頃からずっと通っている床屋があります。途中、大学の時に色気づいたか少し行かなかったけど、基本的には変わらない。地元の中学のすぐ近くです。

別に安いわけではなく早いわけでもなく、むしろ最近の『安く・早い』を売りにした散髪とは逆行しています。行くと大体なんだかんだで1時間半くらいかかって、費用はカットとシャンプーで3500円。

1ヶ月か1ヵ月半に一度いくこの床屋。引越しもしたし、今住んでいるところにも安く髪を切れるところが沢山あるのでわざわざ電車で2駅先までいかなくても良いのだが、どーーもこれだけは変えられない。代わりになる所を開拓する気にならないのですよ。

今日、お昼ごろに行くとマスターはお昼ご飯中、ママのみがお店にいました。まずは何回も何回も蒸らしタオルを変えながら少しずつ深く髭剃り。そして今日は何よりも野球のWBCキューバ戦。お店にはラジオで実況中継、2点先制したときは店の奥で飯食いながらテレビを見ていたマスターの叫び声が。その後も俺の髪を切りながらラジオで大盛り上がり。肩もみとか耳掃除とかもしてくれるし、何よりも俺を昔から知っているので話しやすい。
こーホッとする1時間半なのですよ。

あーここだけは代わりが無いなぁ・・・と。限られたお金の中で節約できるところだけれどここにはこれからも行くんだと思う。

WBC決勝ラウンド進出だ!!
スポンサーサイト

久々に夜更かし

最近、色々と用事があり忙しい。しかもプレゼンが2つほど。一つは4・5日前に2時間くらいあって、それはもう大変でした・・・・

そしてかくいう明日もプレゼン。明日は超ショートだけど、知識が全然無い分この前の2時間プレゼンと同じくらい時間がかかった。ていうか現在午前3時ちょい前。今終わったのですよ。
明日も長いんだなぁ・・・まぁ来週の仕事始めへの準備加速だと思えばいいか。

そうそう、仙台に一泊してきました。
落ち着いたら(多分)旅行記でも書きます。いや~~それにしても食ったねぇ~~

レーザー光線にその身を焼かれる

パシュッ!!パシュッ!!
1200度のレーザー光線が我が身を焼きました。マジで。
『身』って言っても指だけど・・・

laserbeamburnmyfinger.jpg

4・5年前から指に一つだけイボがありました。ず~~~~っとなんともなかったのでほって置いたのだけれど、シリアにいる間にもう一つ増えたのですよ。それを皮切りにフィリピン・コスタリカと爆発的に増えてきて、これはおかしいし気持ち悪いということで皮膚科に行ったら「ウィルス性のイボ」という結果に。人体に悪影響は無いのだけれどこのままにしておくと増えるしうつるということで、帰国後から週に1度、液体窒素の超低温(マイナス169度)でジュ~~ッと焼くという方法をとりました。

ただ、2ヶ月くらい続けたのだけれど、ほとんど改善が見られなかったし、そのお医者が少し遠かったので地元の皮膚科に行ったら「これは免疫が下がるとうつりやすくなる。時間がかかるけど漢方で治せるよ」ということになり、次は漢方療法に。

ただ、この漢方。6ヶ月はかかるというし1日3回飲まなければいけず、結構忘れる。外出時はほぼ100%携帯し忘れるし、俺にとってあまり現実的ではない。

というわけで結局、即効性のありそうなレーザー治療にいたりました。漢方を処方してくれた先生も「レーザーでもできる」と言っていたのだけれど、「私は傷つけずに治せる物は傷つけたくない」というポリシーがあるらしく漢方になっていたのだ。

まー写真ではあまり分からないのだけれど、こんもりしていたイボの表面にクレーターが・・・ここ(イボ)に住み着いていたものたちは未知の武器によるかつてない攻撃をうけたのですよ。ガンダムでのコロニー落としのようです。

しかし、この治療法。液体窒素で患部を冷凍凝固してからレーザーで焼くのだが、それなりに痛いのだ。患部が小さいのでレーザーがわずかに外れたりするのだがそこはすでに生身の指。なんかこう、肉が0.5ミリくらい一瞬で蒸発する感じ?
そしてアフターケアは毎日、朝・夜と塗る薬。患部の感染した細胞を死滅させるものらしい・・・なんかこえーし、しかもレーザーのはずれた場所に触れると猛烈にしみる、ていうか痛い。

結局、この方法でも完治までには5回から10回の治療を1週間毎にやらなければいけない。でも帰国後も1つ増えたのでさすがに危機感もあり、ちゃんと治したいですね。

将来像

今更ながら、俺は一体将来何がしたいのだろう?と考えるようになった。というか、前に考えていた将来像がちょっと甘いものであることに気が付き、もっと具体的な像を描きたいのである。

就活をして自分を振り返ってみると、ざっくりと「中東」というものだけはここ8年ほど旅行やボランティアや研究や仕事の対象として続いているし、今月下旬から働く(あっ、結局他の結果を待たずに内定出たところに決めました)ところで2年以上仕事をすれば、まーざっと言って10年になるんですわ。

ただ、考えてみると、なんでこーなっているかというとやっぱパレスチナというものが最初からあって、そのためのキャリア形成であった訳ですよ。でも今回も就活中に「ガザに行かないか?」というお話を有難くもいただいたのにお断りしたのはなぜだろうか?と考えてます。

まず、お金の問題・・・では無い。まー確かに今回働くところのほうがお金は良いけど、日本で暮らすのとガザで暮らすのを比べたら貯まり具合は多分一緒くらいだろう。

では、期間の問題?これは少しある。ガザに行くとプロジェクトベースだから、お金が取れなくてプロジェクトが終われば契約は終わるので短期で終了というの可能性はある。やはり少し長くという気持ちは大いにある。

そして専門性の問題。そろそろ柱を確定しなくてはいう思いはあり、「人材育成」というものに焦点を置こうと考え始めた。今回の職は人材交流や研修プログラムを扱うので人材育成の枠組みに関わる仕事は出来るという点はプラスだった。

でも今回の日本での職を選んだ最大の理由は、将来生き残るための「裏付け」を得るためであると思う。「日本での社会人経験」と「事務が出来る」という裏付け(キャリア)が取れる仕事をしておきたかったのだ。本当はそこに「営利」がからみさらに「中東」を土俵とすると申し分ないのだが、この後者の二つは同時に取れなかった。自分の力不足に加えこの不景気で「営利」という所は逃した。

まー事務なんて出来るって言えば良いじゃんと思われるのだが、これまでの経歴上そういった経験がほぼない俺には本当に足枷となっているのは事実。面接に行くと大体聞かれるのが「あなた事務出来ますか?」ということ。それには「事務作業をやったことがあるか?」と、「オフィスでの事務作業に耐えられるのか?」の二つの意味がつまっている。
実は少しやったことがあるのだが、履歴書からそれは見えないのだ。なぜなら大学4年次に8ヶ月間フルタイムで行った電話会社の事務が主な事務経験であるからである。
ガザ派遣でも事務はするだろう。ていうか業務調整のようなものだから事務が多いだろう。でもなんかこうやっぱ現地に行ってしまっているという雰囲気が強い。そして「裏方仕事」感が弱い。今回は現場の人間を支える仕事経験というものがどうしても必要だという考えが拭えなかったのです。

ただね。。。前に戻るけど、そんじゃーいつパレスチナで仕事するの?と考えると答えが出ないのですよ。さらにUNやJICA系でいけても大抵は2・3年。しかも現状では前者は生活上の自由が超制限され、後者はあんまり必要なさそうな所にしか入れない。
ではNGOはと考えると正直Yesと言えない。長くは関われるけどこれは長期間にわたると金銭的に身を立てるのが厳しいという思いがやはりある。

うーーん、結局は俺の我侭なんだな~~、これ。ただ、もう少しパレスチナとの関わり方をきちんとイメージしないと今後のキャリア形成が定まらない危機感はあるなぁ・・・
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。