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5分前。罠にはまった。
ネットを終え、最近はまっているミロでも飲もうかなーっ、なんて思ったりしたのだ。いつものようにミロをコップへ、いつものように牛乳(写真)をコップへ。かき混ぜて飲む。あーおいしっ!!・・・・のハズだった。まるで無垢な赤ん坊のようにゴクゴクっと飲んだのさ。だって疑うものなんて何も無いもの。

現実はむごい。

口の中に広がる絶望の香り、腐敗臭。そして諦め。だってもう2口飲んじまったもーん。残りはもちろん捨てたさ。吐き出そうと努力したさ。でもね、できなかったの。

おそらく元気でいられるのはあと1・2時間。その後俺はどうなるのかな?
でもちょっとだけ希望がある。シリアで鍛えられたこのお腹。もしかしたらこの罠に打ち勝つかもしれない。インシャッラー
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ちょっとクルド人の話をしてもいいですか?

7月の環境キャンプはシリアのアレッポ北部、クルド人の多く住む地域で行われました。クルド人と言うのは国を持たない最大の民族といわれ、トルコ・イラク・イラン・シリアなどを主として推定で2500万人いるようです。

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正直俺には見た目でアラブ人とクルド人を見分けることなんて出来ません。ちなみに上の写真、右からクルド人・アラブ人・クルド人・??人です。わかんないしょ?クルド人の方がシリアにいるアラブ人よりは少し肌が濃いかな?と思う程度。
しかし見た目は変わらなくともシリアにおいて、というより他の国でもクルド人は住む国から色々な制約を課せられているのが事実。シリアにおいて一番分かりやすいのは言葉に対する制約です。

彼らは独自の言語クルド語を話すことができます。シリアのクルド人地域では生活上では彼らはクルド語で会話しています。しかしクルド語をシリアの学校で使うことは禁止されています。学校の授業は必ずアラビア語で。クルド語をを書くことも許されません。シリアにおいてクルド語は日常の中で親から子へ伝わっているということになります。そして必然的にバイリンガルとなるのです。

キャンプの参加者は運営側も含めて半数以上がクルド人でした。なのでキャンプ中も幾度となくクルド語が飛びかいます。音の波長もアラビア語とは大きく異なるのですぐにクルド語を話しているということだけは理解できる。

しかしこのクルド語。今までは統一された言語だと思っていたのだが大間違い。シリアの北東というか極北東にあるハッサケ・カミシリといった地区にもクルド人は多いのだが、彼らの話すクルド語とアレッポ北部のクルド語は違うらしい。しかもかなり違うらしい。「コミュニケーションは不可能」という域。そして、トルコのクルド人、イラクのクルド人らもまた違う『クルド語』を話すみたいでこれらバラバラの地域に住むクルド人のクルド語は地域間では通用しない。さらに文字も、ある地域ではアラビア文字で、違う地域では英語で使うアルファベットで表される。これはもう何がクルド語なのかてんで分からん。

一番『正規のクルド語』に近いのはカミシリ地方のクルド語だそうな。コレは何をもって『正規』なのか全然分からなかったのでちょっと自信ないけど。しかし、こーなると彼らを『クルド人』と認識させているもの、彼らのクルド人としてのアイデンティティーは一体なんなのだろう?と首をかしげてしまう。まぁ大半がイスラム教徒というのはあるだろうが、宗派はそれぞれあるだろうし、それに宗教で民族をくくることはできない。

そもそもこのクルド人の居住地域はオスマントルコ帝国領内にあったみたい。でも第一次世界大戦後の領土縮小と国内の体制変化によりこの居住区も分割され、というか恐らくたまたま分割される地域上に居住地域があったので、クルド人はバラバラの主権のもとで暮らすことになる。コレが今から約80年前の出来事。彼らの『クルド語』がバラバラになったのもこれからなのか?それとももともとそんな感じだったのかは知らない。

多分、彼らのアイデンティティーを形作るものは『差別』なんだろうなーと思う。自分達の生活上の言語が公共での使用を禁止されるなどの文化的な制約は自分達を『違うもの』として認識させるには充分だ。「お前達はこことここが私達とは違う」と言われ、『では自分達は何なのか?自分達の帰属はどこなのか?』を探る過程、もしくはその結果として現在の彼らは『クルド人』なのかもしれない。

こういうことはどこにでもある。今まで携わってきたパレスチナ・イスラエルや、日本だってその一つ。在日コリアンなどに対する差別の意味を他の国の差別を目のあたりにして初めて認識。不甲斐ないなーと思う。知らないことはいろいろあるけれど、日本国籍を取得するのには事実上日本名に改名しなくちゃいけないって知ってました?有り得んわー。
ちなみに豆知識として。芸能人の和田アキコは在日朝鮮人2世。日本名に改名しさらに芸能名まで持っているとは・・・

まぁなんにしてもまとまらない今日の記事。ここまで読んだあなたはエライ!!

未だ先の見えない暗闇の中

前に俺のカウンターパートがきちんとキャンプに来るか来ないか分からないと書きました。彼はこのキャンプで唯一英語を話せる男。いざ急に細かい説明が必要となるといなくてはとても困るのだ。

しかし来ない!1日目に電話すると『今日の夕方いく』と彼は言った。

しかし来ない!!1日目の夕方に電話すると『明日いく』と彼は言った。

しかし来ない!!!2日目の昼に電話すると『今日の夕方いく』と彼は言った。

しかし・・・おっ!来た!!2日目の夜中なり。ほっと一息。ちなみに彼はアレッポにあるすべての環境クラブのボスです。つまり本当は一番いなくてはいけない人。2日目の夜、まぁ上出来か・・・

フォローするわけではないのだが彼はやるときはやる。3日目からのキャンプは内容というより質が劇的に変わるのであった・・・

では劇的に変わる前の話しをしようか。

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2日目の朝。すでに運営側には何のプランもなし。とりあえずシャバーブ(若者)どもを近くのトルコ国境まで『朝の散歩』と称し歩かせることとなった。俺も同伴。

シリア人の距離間隔ほど当てにならないものは無い。

当初『片道2キロ』と称された道のりは軽く片道5キロを超え、朝の散歩ごときで2時間以上かかる。しかも山岳部なので涼しいかと思いきや、灼熱の太陽は健在。一応ビデオカメラを撮っていたのだが、シャバーブどものピース攻撃に撮る気が失せる。

そして何よりも驚いたのがシャバーブどもの行動である。
国境までの道のり、捨てる捨てる。ゴミをポイポイとね。貴様ら、こんな国境近くの村まで何しに来たと思ってる?一体何に参加しているつもりなんだ?

トルコ国境に着くやいなや踊りと歌が始まった。一応トルコ国境あたりで出来るアクティビティーをひとつ用意していったのだがそれは『皆で耳を澄ませ自然の音を聴き、それを体で表現する』といった趣向のもの。引率している大人までもが歌っている最中、躊躇なく諦めることができた。

10時半ごろ学校に帰る。すると『んじゃタクヤに何かやってもらおうか』的雰囲気になってる。そう、言った通りもう既にやることが無いのだ。おいおいおいおい、あなたたち『準備の時間』って知ってますか?なぜあらかじめ言っておかねぇ!?

しかし弾はある。こんなこともあろうかといつでも出来るようにしてあった。元ネタはヨルダンの環境教育団体からパクリ(許可とってますよ)、修正を加えたものだ。だが問題はこのアクティビティーの内容を事前に説明してある俺のカウンターパートがいないこと。ここで俺がアラビア語でやってはきっとグダグダになってシャバーブどもは飽き出して崩壊する。何より俺の目的はあくまで『技術移転』なので俺がやってはしょうがない。それにめんどくさい。

~アクティビティー内容~(グループワーク)
①朝の散歩を思い出し、そこでみた環境に関するもので好きなもの嫌いなものを3つずつ絵に描く。
②大きな紙にこの地域の地図を書き、先に書いた絵をどこで見つけたのか分かるように貼る。
③嫌いなものをどうすれば好きなものに変えられるかグループで話し合い。
④各グループ、地図を見せながら発表。

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30分の猶予をもらい、そこにいた女の先生に説明。そして実行してもらい、俺はビデオ撮影しながらフォローに回る。急にふったにしてはよくやってくれました。この先生。
まぁそんなに難しくないはずだったのだが、始めは絵に書いてもらうはずが「絵では表せない」と文字を書き出すやつが続出。予想もしない行動にあたふただったけど。

しかしいい効果もあり。
思えば充分な自己紹介も無いままシリアの環境キャンプに日本人がいるということに皆『?』だったハズ。始めはどーやら変な日本人カメラマンだと思われていたようだ。だがこのアクティビティーを境に少々周りの目が違ってきた。『どーもこの変な日本人がいることには意味があるらしい』と。ここいらからシャバーブどもも言うことを聞くようになる。バカな子ほどかわいいというがその境地である。

「午後もなんかやるか?」とキャンプの責任者に言われるが丁重にお断り。ちょっと待て!!あなたたちも何かあるでしょ!?何か!!
そしたらゲストスピーカーがプレゼンしてた。うまいプレゼンで参考になる。
うーーんちょっといい感じになってきたかな?と思ったのもつかの間、夜は大量の蚊に悩まされ、ほぼ眠れなかったのだった・・・

誰かそばにいて一緒に笑ってくれさえすればいい

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キャンプ出発の朝、正直気が重かった。14歳から20歳の学生とそしてシリア人の大人たちと6泊7日寝食を共にするなんて・・・考えただけでくたびれる。
コレまでの経験上、面白いことはいっぱいあるはず。絶対突っ込みどころ満載のキャンプのハズ。そこで何がつらいかってその笑いを共有してくれる人がいないこと。だって俺にとってありえなくてもシリア人には普通なんだから。

集合は朝9時だった。プロジェクターとビデオカメラとPCと5.1chスピーカーとアクティビティー用の道具と自分の荷物を担ぎ、両手に抱え、えんやこらと律儀に9時5分前に集合場所へ。そして9時になってももちろん3人くらいしかいない、ちなみに50人は来るはずなんだがね。さらに彼らを統括するはずのうちの支部の連中はまだ誰もいない。まぁアーディー(普通)です。当たり前ですね。ある意味時間通りに来た3人はシリア人失格。ダメシリア人です。

結果からいうと出発したのが12時半。えっ、だって11時とか11時半とか普通に集合場所に来ましたから、参加者達。俺は一眠りしましたよ、この間。
そんな俺を見てあるやつは言ったさ、「もう疲れてるのか?」。アホか貴様!!

行きのバスの中で既に俺はザーラーン・クティール(メチャクチャ機嫌悪)。誰とも話したくないので寝ていた。ふと起きると見たことのない道をまだひたすら走ってる。おかしい、そんなはずは無いのに・・・実は俺は事前に2回も下見に行っている。こんな道では無かったはず。違うルートがあるのかな?

「タクヤ、着いたよ」。
あーーーーきたねコレ。場所変わってら。2回も下見行かされたのに。しかも2回目なんて夕方5時にでて夜12時に帰ってくる強行軍だったのに。ていうか下見2回目ってたった5日前じゃん。そこから変えたの?
しかもさー、場所を変えた理由って「前のところは電気が無いから」でしょ?ここだってないじゃん!!電気来て無いじゃん!!おかしいよね?同じだよね?あなたたち話しててそこらへんおかしいと思わないの?ねぇちょっと誰か!!俺と一緒に突っ込んで!笑って!!

もうホントに孤独だった。心の中ではちょっとここでは書けない言葉達が飛びかってます。

まだある。

今回のキャンプは『環境キャンプ』。アレッポにたくさんある青年同盟所属の環境クラブから生徒たちがやってきて環境について学ぶのだ。キャンプサイトはトルコ国境に程近い村にある学校。ちなみに学校なのに電気ないの?と思われるかもしれないがシリアの特に農村部の学校では良くあることです。ただなぜかこの学校には『コンピュータールーム』がありました~。そしてゴミ箱はありませんでした~。

「ゴミバコハドコデスカ?」
「アソコニアルヨ。」
指されたのは横10センチ高さ20センチくらいのよくオフィスの机の脇にあるようなやつ。1つ2つ・・・3つあった!!

本当に他人が何考えてるか全く分からないってあるんですね。

参加生徒50人。運営側10人以上。60人以上の人が過ごすのあなたたち知ってますよね?さらにワタクシ、キャンプ中にゴミの分別体験をしてもらおうと事前に7個の『大きな』ゴミ箱の設置頼みました。買うのはコストがかかるのでダンボールでもいいって言いました。あなたたちリストに書き込んでました。・・・・どこへ?

この日の唯一の救いは夜になって学校の一部にチラホラと電球がついたこと。もちろん部屋(寝室)にはないけどね。この電気、学校の向かいにあるお店から延長コードで引っ張ってきた。

このシリーズ、長くなりそう。でもね、次からはもう少しいい事書けるはず。
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