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シャングリラ・フィジアン・リゾート

姉貴が明日自身の結婚式のためにフィジーへ旅立つ。約2週間向こうで過ごすそうな。新婚旅行もかねてるのかな?
シリアに来て1年と2ヶ月。さすがに結婚だからこの前初めて日本へ電話した。ネット電話を使ったので声が遠く「あの~間違い電話だと思います」って言われたさ。おいおいあんたの弟だって弟!!

そしたら姉貴が「シャングリラ・フィジアン・リゾートって検索してみ。そこで結婚式するから」と言う。んで今日やってみた。

shangrila_img.jpg

なんじゃーこりゃ?スゲーなー。しかも式代安っ!!って感じなところ。写真はパクリです。
うわーーーーマジ超行きたい!!だってタダじゃん。行けたらきっと姉貴たちのおごりでしょ?シリアで埃っぽい暑さにまみれている俺にとっては夢の国。最初は2年間の任期だから行けないのはしょうがないと思ってたけど、ホントがっかりだわーー。帰ったら俺にかかるはずだった費用分なんか奢ってくれないかなー?
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赤ちゃんと旅行

久々にシリア国内観光をしました。昨年末に友達が来て以来の観光だから約半年振り。パルミラとラッサーファと言う遺跡をJICA専門家のご家族3名と他の隊員2名と俺、久々のレンタカー。ていうか要するに専門化が借りた車に便乗させてもらったわけです。

tedmor.jpg

地理の特徴。おおむね砂漠、そんなかに遺跡ボーンって感じ。簡単に言えば。
実はパルミラは5年前に行った事がある。パルミラ遺跡のすぐ近くにお城跡があるのだが今回もそこで夕日を見た。5年前も見た。ジーンズにTシャツで。昔と変わらぬ格好で。ものすごく懐かしい感覚に襲われると同時に5年なんてあっという間だなーという寂しさ。でもそんな思いを凌駕する事実判明。『あーーーー俺って成長してないんだなー』って気が付いてしまった。一瞬のマジ凹み。人生のゼロ成長期。5年間かけて同じ所へカミングバック。

今回の旅行、実は専門家の方の11ヶ月になる男の子も一緒。行く先々でかわいがられちょっとジェラシー。
この子、ちょっと変わった癖を持つ。基本的に人見知り。なんだけどある例外がある。『アラブ人のオッサン大好き』なのである。
普通ははじめて見る人に抱かれると泣く、少なくともいい顔してない。

20060530181548.jpg

でもこんな感じのアラブのオッサンの場合は別なのだ。もういっつもキャッキャキャッキャはしゃぐ。なぜ!!?ちなみに写真はただの参考資料。

シリアに来たことなんて絶対覚えてないだろうけど、いつの日か、撮られた写真の中にいる俺を見て、「この人は誰?」って訊ねる日が来るんだろうなーって思うと・・・もっと色々やっときゃよかった。

ネギトロの夢が破れて

行きたくてもちょっと時間がなくていけない地中海の町ラタキア。俺は海なんか見るだけでいいけどそこの市場にある魚は違う。何時間いても楽しい。この前、友達の隊員が行ったので魚を頼んだ。

俺はマグロを頼んだはずだった。まぁ正確に言えば『トロかつお』と呼ばれるものらしい。でもアラビア語では『トゥーナ』と呼ばれている。意味するところはマグロ。ねぎと一緒に叩くとネギトロみたいになって超うまい!!

ところが。
「マグロはなかったんでいいもの代わりに買って来ました~」って来たのはこいつだった。

ankou.jpg

あーーーーこれはアンコウと呼ばれる深海魚だねー。しかも冬の魚じゃないの?これを俺にどうしろと言うのか?もちろん一応捌いた。元ラタキア隊員のアドバイスを受けながら。ただその先が広がらない。鍋にするには少なすぎる。刺身もいけるらしいが食ったことない。無難にから揚げ?行き先の定まらないコイツは未だに冷凍庫の中。肝とかの内臓系も一緒に。今度、ちょっと試しに調理して、誰か他の隊員で実験してみようと思う。

彼方からの贈り物

JICAからの電話。シリア人のスタッフからだった。「荷物が着いてますよ」とな。
コレには全く覚えがないが一応取りに行くと確かに俺宛の荷物が。送り先は・・・知らん・・・おっ!!おおっ!!思い出した!!

去年の11月下旬だった。溜まったストレスを食べ物を買うことである程度発散できる俺は自分へのサプライズを仕掛けたのだ。『ネットで日本食を買い船便で送る』。
普通荷物は航空便、種類にもよるけど日本からシリアの荷物なら1週間かからない。しかし高いのだコレが。7キロの荷物で10700円する。中身より送り賃の方が高いなんてしょっちゅうだ。しかし船便はその約半額、だが期間は3~6ヶ月。なんの目安も立たない。だからこそよかったのだ、未来の自分への贈り物。

siokara.jpg

それが来た。一昨日来た。中身なんててんで覚えてない。注文リストを見てみる。『イカの塩辛×2・梅干・ほうじ茶×2・お好み焼き粉×4・カレーうどんインスタント×10・もち×2・キムチの素』。カレーうどんと梅干はあと2週間しか賞味期限がないが問題ない。何がえらいかって・・・イカの塩辛でしょう。昔の俺最高です。こっちでもイカ買って作ったことあったけど、日本でビン詰めで売ってるようなジャンキーな味は出ないのだ。
もう早くご飯と一緒に食べたいです!!

どこへ行こうか?

ムスリムは祈る。基本的には日に5回。でももちろんその人の勝手だからやらない人も多い。でもやる人はどこでもやる。バス停でも会社でも学校でもレストランでも。まぁあんまり珍しい光景じゃないけど、今日久々にレストランで祈り始めた人を見た。
『サッラー(祈り)』を見るのが好き。同時にうらやましい。神様に祈るという気持ちが俺にはよく分からないから。とても尊い行為のように見える。きっとその人は俺の感じた事のない心の状態を感じることが出来るんだろうなーって思う。何考えてるんだろうね?今までイスラム圏に計2年以上いるのに聞いたことなかった。でも聞いても理解できるだろうか?俺にゃ雑念が多いからね。ていうか雑なものばかりで構成されてるね。間違いない。

そんな俺だけど1度だけ本気で祈ってみたことがある。昔、イランのシーア派の聖地マシュハド。普通のモスクとは違う、ものすごい熱気だったのを覚えてる。モスクにある聖廟に群がる人と感極まって泣く人。自分の存在の疎外感を感じざるを得ない。そしたらそこにいたあるイラン人が「自分の言葉でいいから祈ってみなさい」って。祈ると自分がその場に溶け込む。涙腺が緩む。そこで祈ったこと、それがきっと俺がシリアを希望して協力隊に来た理由だったと今思い返してる。もう3年半経った。

こんなこと思い出したのも、最近自分が何で協力隊に参加したのかを考えさせられることがあったから。協力隊の2年間は通過点、やりたいことへのステップだったはず。別にだからといって手を抜くとか言うことじゃないです。大事な自分の未来への道ならばむしろ手を抜いてはいけない。

やりたいことは今も変わらない。でも道は色々あるんだろうって最近思う。そしたら見えてきた足りないもの。予想よりも多い。心のバランスを保ちながら機会を追うこと。コレをなしうる道はどれなんだろう?最善の道って頑張れば選べるものなのか?でも同時に選びたい道が背反していたら?
『選んだ道に後悔しないように』。人にはよく言うけれど、実践が超難しい。とりあえず今はまだ決められない。時間が必要だな。でもマゴマゴもしていられない。

今日レストランで祈ってた彼。お祈り後、大きなかばんを持ち出しそこの店主と商談を始めた。
予想を大きく裏切った彼の行動。人の行動なんてわかんなくて当たり前なのになんかまだまだだな俺はって気にさせられた。完敗だった。

人は名前によるのか?

明日はプレゼン。なぜか教育局の人たちにプレゼン。プレゼンと言うかレクチャーに近い。いや・・・レクチャーと言うか主催者のお株もちに近い。まぁ大切なスポンサー様だし・・・いくらダシに使われても、いきなり今日「明日20分ほどお願いね」って言われても文句はないさ。

ただねー、正直上がらんのさ、モチベーションが。今もちょっと疲れてこうしてネットに逃げてきました。
MIXIを開いてみると、ある友達が彼の『成分解析 on WEB』なるものの結果をのせていた。やるのは簡単、ただサイトに行って名前を入れるだけ。こりゃ面白そうなのでちょっとやってみた。

佐々木卓也の解析結果

佐々木卓也の76%は度胸で出来ています
佐々木卓也の17%は魂の炎で出来ています
佐々木卓也の4%は濃硫酸で出来ています
佐々木卓也の3%は成功の鍵で出来ています

・・・・これってメチャクチャ男の中の男って事?俺の93%は度胸と魂の炎で出来ている。熱(くるし)いです。それとも俺は約8割方、度胸=はったりで生きているということか?どちらにせよ成功は期待できなそうだ。自分、不器用ですから。でもちょっとかっこよくない?これ。

んで、知ってる人は知っているのだが俺にはもう一つ名前がある。1年半ほど前までは苗字が違ってたのだ。そこでそれもやってみた。

松本卓也の解析結果

松本卓也の56%は明太子で出来ています
松本卓也の37%は白インクで出来ています
松本卓也の4%は濃硫酸で出来ています
松本卓也の2%は言葉で出来ています
松本卓也の1%は心の壁で出来ています

・・・・明太子?明太子っておかしいよね?半分以上明太子って・・・マジちょっと意味分かりません。明太子にキャラクターはないよ。酒のつまみのような人って事?でも『白インク』ってのは恐ろしく当たってる。この透き通るような白い肌は白インクのせいだったんだ!!ていうか濃硫酸も合わせて97%が物質で構成されてた俺。しかも何度も言うが半分以上明太子。

『名は体をあらわす』と人は言う。もし本当にそうであれば家庭の事情であったとしても1年半前の改名は確実にプラスだったはず。ていうか明太子だった俺の約25年間。そもそも『明太子の25年』とは一体何なのか?そんなに悪い人生は送ってないつもりだったけど影で明太子扱いされていたのだろうか?ていうかそれはどんな扱いなの?

今は度胸があるようです。魂も燃えています。少しのことではへこたれません。
なので俺の明太子な25年間を知っている皆様。俺はあなたたちのとってどんな存在だったのか正直に申してみてください。
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