スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アハラン・ワ・サハランという文化

日本から友達が来てました。
2年ほど前にイスラエルで会い、日本でもたまに会って旅の話などをしておりました。今年のクリスマスをパレスチナのベツレヘムという都市にあるキリストが生まれた教会で過ごすことを目的に、そこへ行く前にシリアに寄ってくれたのです。

hamawater.jpg

まぁそんな中、ハマに観光行きました。
ハマ。俺が4年前、シリアで初めて訪れた都市。水車が有名。ここに来ると思い出すことが一つあります。

その時はレバノンで開催されていたスタディーツアーを終え、友達と2人で、日本に帰らずに中東旅行をしてました。そしてレバノンからバスで国境を越え、直接シリアのハマへ。
当時、今よりも無計画だった我々はレバノンからシリアに行くというのにシリアのお金を全く用意していません。バスでハマへついたのはいいけれど、今思い返してもなんであんなに郊外なんだ?と思うほどそこには何も無かった。水車の町だと聞いていたのにむしろあるものは砂地のみ。
途方へ暮れているとそこへ1台のミニバスが。

その時俺はアラビア語を話せなかったけれど、それでも分かるジェスチャー。『乗れ』と言っている。まぁそりゃ乗るわな。とりあえず。
ガイドブックを見せるとどうやら運転手も我々の行き先を理解。

そこで当然なんだがお金を払わなくてはならないことに気が付いたのさ。「あーーーシリアの金、持ってねー。」
ということで一応レバノンポンドでトライ。んで失敗。
そこで、ドルで1ドル払おうかなー?と思っていると、何者か、というかオッサンがすっと後ろからお金を運転手に。顔を見ると「もう大丈夫だよ」みたいな顔。あーーーなんて優しいんだー。

そんなオッサンに笑顔でショクラン(ありがとう)。そしてバスは終点のよう。乗客がいっせいに降りる。
しかし運転手が「ここで待て」というような感じ。そしてさらに発進。
おいおいどこへ行く?目的のホテルも近いはずだからもう下ろしておくれ。
とか思っているとその運転手、ホテルまで行ってくれるようなことを言い出した。お金もいいらしい。そこで放った一言。
「Welcome to Syria」

witholdman.jpg

「welcome」アラビア語で「アハラン・ワ・サハラン」。既にシリアで8ヶ月超。中東全体滞在暦は1年8ヶ月ほどになるので正直聴き慣れた言葉。
でも何度聞いてもいい。というかハッとさせられる。
俺は日本に来る外国人に言った事があっただろうか?「ようこそ」と。
道を聞かれたり、なんらかの会で出会った時。言うチャンスはいっぱいあったのに。

もてなしの心。ホスン・アルディヤーフェ。英語で言うところのHospitalityだろうか?この地域にいると貰いすぎるほど貰うこの心。あー俺はここでシリア人に支えられて生きているんだなと思う瞬間。テレビや本を通しては触れられない生の人との繋がり。
ムカつくことはいっぱいある。でも心にしみることもいっぱいある。協力隊って楽しいかもね。

スポンサーサイト

シリアのメリクリ

シリアはイスラム教徒の国。そー思うのが普通です。まぁ確かに人口の大半はイスラム教徒。まぁ戒律を守っているかどうかは別にして。

でもうちの村もそうですが、他の宗教を信仰している人も結構います。その中で一番多いのがキリスト教徒でしょう。

santaclaus.jpg

この国。我々同様、他宗教だろうがなんだろうがクリスマスは祝います。しかもクリスマスはお休みです。教会でのミサ、クリスマスパーティー、結構なーんでもやる。町にはサンタなんか出没し記念撮影で金を取る。

chiristmasrightup.jpg

さてダマスカスのあるキリスト教区。
町中がこんな感じでライトアップ。家族や恋人たちの楽しい夜を演出します。
まぁ祝う恋人のいない俺だけど、行ったさ一応な。
でもこのライトアップ。今もあります。えぇ普通に。
hat.jpg

コレを見ると分かるかもしれんですが、この国のクリスマスは新年も兼ねます。ちなみにこの帽子電池を入れてボタンを押すと光るスグレモノ。50SP(100円)也。お気に入り。
恐らく新年にそれほどの価値を置いていないようです。クリスマスに吸収され気味。おかげで俺も年末の気分ゼロ。正月はやっぱり日本だ、なんてどっかで聞いたことあるようなセリフが自然に口をついて出る。
もーなんつーかあれだね。ほよよーんだ。

任国外旅行

協力隊員には任国外旅行制度と言うのがあります。
任国とはシリアのこと。なので任国外と言うとそれ以外の国にいけるということ。
シリアからは基本的に『イラク・トルコ・レバノン・ヨルダン・エジプト・ギリシャ』が可能。しかしJICAには厳しい安全規定が。
イラクは当然除外。その他レバノン・トルコも全面禁止。エジプトはシナイ半島(要地図確認)はダメ。よって俺たちはギリシャ・ヨルダン・エジプトの一部にのみ行けます。

ところが・・・俺はもうヨルダン・エジプトは行ったことがある。レバノン・トルコもあるのだがここいらはもう1回行きたいと思ってたんだけど・・・

よって、1月の2日から1週間の休みを取りギリシャへ行くことにいたしました。念願のアラブ脱出です。しかし、元パッカーの俺にとって未知の『物価高い国』です。果たして俺はきちんとお金を使って旅行を楽しめるでしょうか?帰ってきたら報告します。

X'mas

最近忙しくてブログを更新する暇がありません。
でも今年は今日を最後にあとはそんなに忙しくはならない予定。
コレまで2ヶ月間あったことを少しずつお知らせできたらと思います。
しかし今日は微妙に風邪。お休みモード。
だけどこれだけは・・・メリークリスマス!
こちらシリアでもそれなりに祝います。しかも25日は公休です。
別の宗教だってなんだっていい。
楽しく過ごしていただきたい。
そーすりゃ明日もまた楽しいわな。

スケール2分の1

何から話せばいいのか分からない。
一緒に笑ってくれた人がいたことだけが救いだった。

scale2.jpg

丁度去年の今頃、名古屋の友達の家に言った時に買ったもの。
あーーあれからもう1年か。って思わせてくれたのもこの事件があったからこそ・・・なんてさらさら思わん。
洗っちまった、そして縮んだ。漫画のように。

とりあえずガタイのいい体育隊員に着てもらい伸ばしてみた。
横は伸びたが縦が伸びん・・・
高かったのになぁ・・・

華やかなるレクチャー

class.jpg

シリア中央辺りにあるハマと言う都市で環境教育についてレクチャーを環境隊員3人でしました。聴講生はシリア人とアラブ数カ国から来ている幼児教育の先生たち。5日間の研修のうち1日の午前のクラスをまかされたのです。
コレを主催するSPANAという団体に今自分たちがやろうとしているプロジェクトの一部の予算を持ってもらう事が決定し、その予算の詳細を同期環境隊員がSPANAへ提出しに行った事がきっかけだったのだが、問題は話が来たのが1週間前!!しかも講義時間2時間!!このクソ忙しいのに!!

3人とも仕事を抱えており、満足なミーティングも出来ないままとりあえず担当する部分を準備。俺の担当は環境カルタと環境紙芝居の説明と実践。
通訳がつくといってもそれは英語→アラビア語・・・英語で講義なんて初めての経験でド緊張。そもそも人前で注目を浴びるのが不慣れなもんで・・・

20051206175204.jpg

説明はそこそこに参加者を2組に分けてカルタと紙芝居の実践をしてもらいました。正直不安でしたね。盛り上がるか。
それが・・・大盛り上がり!特にカルタは予定時間を終了して紙芝居の方に行ってもらおうとしても動こうとしやしねーくらい。

rubbishbox.jpg

さらに面白かったのが廃材からのゴミ箱作り。参加者を7つくらいのグループに分けて作ってもらった。ただ作るだけじゃつまらないので「最後にコンテストをして1等には商品をあげます」というようにした。
そもそもシリア人や他のアラブ人。競争大好き。途中の休憩も「いらない」とか言い出し燃える燃える。そして出来上がった自分たちの作品に対する絶大なる自信。根拠は全く無い。

そして出来上がった作品の審査。なんと公平を期すためにどこかへ第3者を審査員として探しに・・・いやっ、もう時間押してますから・・・

kuma.jpg

そして選ばれたのがこの写真の熊ちゃん。俺たち日本人の間ではもっといいものがあったのだがまぁいいや。
そしてみんなも納得したのかしてないのか?最後は主催者のドクターが強引に押し切った感あり。
何はともあれ、成功だった。ある幼稚園では実際にゴミ箱作りとか実践してくれたらしいし。

でも最後に。
ゴミ箱を作った後の会場。『ゴミだらけ』なり。そして使ったペン・ノリ・はさみ以下各種用具、使ったまま。
やっぱ失敗だったかもしれない・・・

運動会は本当に楽しいのか?

20051204014220.jpg

秋といえば運動会。こちらシリアでも日本人会による運動会がありました。運動会を取り仕切るのは我々協力隊の隊員です。25人ほどの実行委員会で1ヶ月ほど前から準備しました。子どもから年配の人まで楽しんでもらえたと思えます。ちなみに写真は今回の実行委員Tシャツ。同期の隊員が『デザイン』しました。アラビア語は右から左に書きます。なのでモ●ゾーとキッ●ロの立ち位置も逆になってます。このこだわりがお分かりいただけるか?

それにしても忙しかった・・・
なんだかんだで1種目以外は全部ヘルプをするか出場してました。
そして今回の俺の最大の不安・・・それは『リレーのアンカーとして200メートル走る』こと。高校時代一応陸上部だったんですが、もう7年以上前の話。現役当時もヘボヘボで200ももたなかったのに今更どうやって走るんだ・・・

一応昔を思い出してまず準備運動と思いつつ800メートルを軽くジョギングしました。そしたら・・・汗ダクダク!!息も切れ切れ。結構寒い日だったのに半袖で汗かいてるのは俺だけか?

正直な話、走る直前は気持ち的に沈んでしまい「オエッ」っとなった。今回始めて明かしますが、あの時はかなり追い込まれてた。

bucchi.jpg

そして出走・・・予想通り120メートルあたりで急失速。足は動かないし肺が苦しい。応援が他人事のようだ。
一応1人抜きました。でも俺の少し前にいた同期の環境教育隊員にはブッチで離されました。初めて実感する『若さに負ける』の意味。俺には輝きがもう無い。

走り終わったあとの爽快感。そんなものはネェ。ひたすら気持ち悪い。最後の整理体操でモーニング娘が流れ実行委員は前に出て踊ったのだが気分じゃない。早く炭酸が飲みたい。

でも運動会。今更だがそりゃー楽しかった。でも走り終わった後、誰かに言った俺の一言「来年リベンジしたい」。
ありゃ嘘。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。