スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ある高級ホテルの朝食

先日、JICA総会ってのがありました。年2回行われて、安全講習とか健康講習とか受けるんです。まぁその後は懇親会。俺の中ではこちらがメインだけど。
首都で泊まる時普段は隊員用のドミトリー(一部屋に6人くらいとまる)に泊まるんだけど、全隊員が集まる総会だけはドミトリーでは不足なので、俺のような地方隊員はホテルに泊まれるんです。久々のバスタブに感動でした。
しかも朝食付き。

んで、この朝食。バイキング形式で、普段食えないようなハムとか魚とかベーコンとか・・・たまらんです。さらに多分俺たち日本人用に日本食を用意してくれてました。

だけど・・・・

20050827221040.jpg


20050827221124.jpg


心意気は買う
スポンサーサイト

朝4時のエイリアンたち

現在、俺の所属するNGOの対象の村で選挙をやってることは前に書きました。その日も夜の11時くらいに帰って来て、飯を作って、メールチェックして夜中の1時くらいに寝たわけさ。もーお疲れですよ。
そして明け方4時・・・「タクヤー、タクヤー」と呼ぶ声アリ。そして鍵をかけてるはずの扉も開く。

ooya.jpg

鍵が開いたことに驚きはなし。なぜなら声で1発で誰が来たか分かったから。心の中の100%の確信。それでもこう思わざるを得ない。
『あぁ・・・なぜだ・・・』。
大家のアニース(写真)。朝4時にあのデカイ声・・・。
一通り挨拶を終えてリビングへ行くと既に侵入者アリ。『あーー家族連れかぃ・・・』。しかも外からも声が。遠くからも人の気配が。何人来たんだお前たち・・・・

今回来た全員、今はうちの村には住んでないんです。でもどうやらうちの村の収穫祭みたいなのが教会であったらしい(農民のためのパーティーって言ってたから多分)。そー言えば他の人たちから聞いてたけど、あまりに疲れてたから忘れてた。

結局、大家夫妻、その子ども4人、そのうちの2人の娘は結婚してるからその夫たち、そしてその子どもたち5人。何人だこりゃ?13人か?
水飲んでいいかとか、お茶の葉はどこだとか、テレビのリモコンの使い方がわからんとか・・・5時過ぎにやっと寝よった。

children1.jpg

そんでその日の朝9時半。大人たちはまだ死亡中。でもチビちゃんたちは覚醒し始めていました。でもまだ眠たいみたいで、動きも遅い。だから俺も油断した。大人しければものすごいかわいいから。呼ぶとひざの上に座ったりするし。『あーかわいいから写真でも撮ろうかなー』とね。

間違いだった。

変わったね。一気に、ギアがよ。
シリア人が大人になっても分からない一つのこと、それが『順番』。『順番を守る』とか『順番に並ぶ』とかそういう言葉は恐らくアラビア語ではあらわせなんじゃないかと思う。当然子どもたちも知らない。『次は私!』、『私まだ見てない!』。いつもの光景。デジャブのようだ。
早々にカメラを与えた。もー壊れてもいい。

そのうちみんな起きてきて、ある者は農園にイチジクを取りに。ある者は朝ごはんの買出しに。大人が動くと子どもも動く。
でもうち、結構危ないんです。家を出るとちょっと落っこちるようなところもあるし、家の中にも一番小さな子にはかなりきつい段差がある。俺はもうハラハラなのさ。見てらんないからいちいち連れ戻したりする。でも子どもらの親たち。いい奴らで好きなんだけど、結構放任する癖がある。しかもこの前の結婚式から感じてたんだが、俺に子どもの世話を任せているような感すらある。信頼されてるのか使われてるのか・・・声では注意するけれどソファーから動かない母親たち。
しかもこの騒がしさの中、まだ寝ている奴ら2名。大家の末の娘と息子。

結局、午後1時半にみなさん笑顔でさよーなら。残ったのは子どもらが書いた絵(?)の残骸。
台風か、あいつらは。

でも実はいきなり帰ると結構寂しかったりもするんだけどねー。
年に3・4回ならいいかなぁと思ったりもする。

自然の恵み

20050818195556.jpg

あと1週間くらいかな?
心待ちにしてました。このブドウたち。俺の家の扉の目の前にあるんです。そー、つまり俺のもの。

うちの農園にゃ他にもイチジクとかリンゴとか桃とか洋ナシとか杏子とか、あとはよく分からないものまでたくさんあるんです。今の季節はイチジクとブドウと洋ナシ。はっきり言って食い切れんほどある。どちらかというと『収穫』って言えるくらいある。

ブドウはまぁそんなないからいいんだけど、他の作物たち・・・どうしよう。腐らせてしまうのはもったいないよねー。前に、桃がたくさんなった時はまだ大家家族が一緒に暮らしてたから食い切ったんだけど。
これから困るのはリンゴたち。あと1ヶ月かな?早いものは収穫もしてる。だから人んち訪ねるとくれたりもする。うちの村のメイン作物はリンゴなんです。いらねーーってマジで言ってんだけど受け取らないわけにはいかないんですよ。どーしようか困ってるリンゴが現在冷蔵庫に20個くらいある。

そこで・・・ジャムを作ることにしました!!
って意気込んで友達に作り方まで聞いて大量の砂糖も買ったのはいいんだけど・・・保存する容器がない!!しかも今は選挙で忙しくて近くの町まで買出しにいけない。村にゃジャムを入れられるような、こじゃれた容器なんてねーんだこれが。

あー八方ふさがった。もーどーでもいいやー

ガザ撤退-問題はまだ山ずみ-

20050818015726.jpg

『ガザ撤退かー』(8月15日)の続き。
写真はパレスチナ人少年が入植地の前にパレスチナの国旗を上げてる様子。ちなみにこの写真ロイター通信の写真館にあった。(使っていいよね?)

17日になってイスラエル軍と警察はガザ退去を拒否するイスラエル人入植者の強制退去を始めたようです。何度も言うけどここは占領地。出て行くのは当たり前なんですが、イスラエル人にこの地に住むことを奨励したのはイスラエル政府。その政府が手のひら返して出て行けって言うんだから住民たちだって「おいおい!!」って思うわな。特に、生まれてからこの方ずっとこの地に住んできた人たち。自分の家を捨てなければならない彼らの気持ちってのは想像し難いものです。しかし、この退去者の中の何%が、昔自分たちの祖先が同じことをパレスチナ人に強制したのだと気がついたでしょうかね・・・
まぁともかく彼らも政府の占領政策の犠牲者なのかも。政府は今回の退去者についてきちんと保障をすべきだと思います。

さてさて、BBCやCNNなどシリアで見られるニュースでも今回の撤退に関して特集組んでニュースしてます。そこには警官に担がれて強制退去させられるイスラエル人や、ガザ解放を喜ぶパレスチナ人のパレードの映像がグルグルリピートされてますが、正直「おいおい!パレスチナ人!いいのか無邪気に喜んでて!!」って感じです。ここで、これからガザやパレスチナで起こりそうなネガティブなことを羅列します。

1.すでに始まっているようだが、とりあえずガザから共通の敵であるイスラエルの存在がなくなることによってガザ内部のパレスチナ人による権力争いの激化。

2.失業率40%以上(これは日雇い労働者を含んでいないから常時就業者だけをカウントするともっと悪くなる)、貧困層70%と言われるガザ。イスラエルが撤退したからといって別にこの超最悪な経済状況が良くなるわけではない。ご存知の通り、パレスチナ政府は汚職の宝庫。一気に不満爆発するかも!?

3.上の『2』に関連して。第2次インティファーダ(2000年9月)が始まって以来、ガザからイスラエルに出稼ぎにいける人は極端に減ってます。セキュリティーを理由にイスラエルがガザ-イスラエル間の通行を厳しくしたためです。残念ながらガザのパレスチナ人にとって一番いい仕事はイスラエルでの日雇い労働。通行規制が緩和されなければガザは牢屋のようなもの。国境線だってイスラエル管理だし、海だって数キロ先にはイスラエル軍の巡視艇。結局何が変わるんだ?

4.今回強制的に退去させられた入植者たち。いったいどこへ向かうのでしょ?実はヨルダン川西岸の入植地に移される人もいるらしい(真偽はまだ不明)。本当だとしたら占領地から占領地へ。意味ねぇー

まぁもっとあるけど。今はこれぐらいに。これから上の4つに補足します。
まず1番。パレスチナ自治政府は『ファタハ』というグループによって成り立ってます。現在の議長アッバスが所属するところです。んでもってこの自治政府に参加せずにいるもう一つの巨大グループ『ハマス』。主にこの2つのグループの主導権争いになると思われます。それにイスラミックジハードとかPFLPとか有力グループがどうからむか。権力権力・・・もうちょっと協調すりゃ-いいのに。しかも彼ら、自分たちのグループ内部でも派閥が。おいおいって感じです。
さらにガザはこれまで西岸よりもイスラエル軍の侵攻とかがひどかったせいか、西岸地区に比べて、ファタハより強硬派のハマスに対する住民の支持が高いんです。内戦みたいになんなきゃ良いけどね・・・
それに関連してか、現在治安が少しずつ悪化しているようです。ガザで働くUNRWA(国連パレスチナ難民救済機関)の方も危ないので一時エルサレムに移るそうです。「リロケーション(移転)と言う名のエヴァキュエーション(避難)が行われる。」って言ってました。

次2番と3番。イスラエル人がガザからいなくなった後、元入植地にあった建物や家はパレスチナ人が使えるようになるものが結構あるらしいんです。TVで見たけどすっごいキレイな家!あんなの住めたらサイコーって感じのが結構あった。まぁそれらが一般の人たちにどれほど渡るか分からんけど、とりあえずはガザの住民の心には開放(解放)感が生まれるでしょう。
でも彼らはすぐに直面するでしょう。仕事は?お金は?イスラエル人がいなくなっても貧乏のまま?って。
もちろんイスラエルの占領がガザ内部でなくなるということは、これまでイスラエル軍にセキュリティーを理由にガザを分断され、ガザ内の隣の都市へ行くのでさえ満足な移動をさせてもらえなかったり、攻撃でインフラを破壊されたりしていた状況に比べ経済活動がやりやすくなるのは確か。でもそれが経済回復の決定打になるかなー?はなはだ疑問です。

んで最後の4番。西岸にはでっかい入植地がいくつもあってそれらを解体しようとはシャロン首相(イスラエル)はつゆにも思ってない。将来それらはイスラエルに併合したいらしい。だから今、そういった入植地の規模をどんどん広げている。今回強制退去になった人たち。こういった所に移されるのかなー?って思ってます。パレスチナ、いつになったら独立できるのやら・・・
入植地や西岸の状況ついては今度ゆっくり書きます。気が向いたらね。

この撤退。これからの数ヶ月。双方にどんな影響をもたらすかは予想できません。これまでの状況を見れば悲観的にならざるを得ないんだけど。でもいっつも「今度こそは今度こそは」って思わずにはいられないんです。

ガザ撤退かー

なぜこのブログに『パレスチナ』というカテゴリーがあるのか不思議に思う方もいるかも知れません。まぁシリアがイスラエルと国境を接していて、現在ももめているというのも理由なのですが、もともと大学で少し勉強していたのがパレスチナ問題というわけで、このブログ開設を機に扱っていきたいなと思いました。
このコーナー。ちょっと堅苦しくなっちゃうかな?とも思うんですけど、たまに覗いてくれるとうれしいです。

今回のテーマはイスラエルのガザ地区撤退。
gaza.jpg

イスラエルがガザ地区からの撤退を始めました。
1967年の第3次中東戦争から約40年。当地の占領に幕を下ろそうとしています。
ガザは約130万人と言われるパレスチナ人の中に約8000人のイスラエル人が違法に(国際的に言えばね。だって『占領地ですから』。ただイスラエル国内法で言えば違法ではなかった。)暮らしています。これを『入植』といいます。そして彼らは入植者(settler)と呼ばれます。上の写真(クリックすると大きくなります)の水色の部分は全部入植者の土地です。ちなみに写真左下はエジプトでそこの国境はすべてイスラエル領になっているのが分かります。

さてこの入植者たち。なぜこんなところに住んでいるのでしょう?そしてなぜイスラエルは入植者たちがガザで暮らせるように保護をしていたのでしょう?彼らの生活はものすごく厳重な軍の保護の下にあるんです。当然お金がかかります。メチャクチャかかります。たった8000人の入植者のためにそれ以上の兵士たちが当地に配置されていました。

まず、入植者の理由。大きく分けて2つあります。
その1:ユダヤ教の教えでは当地を神がユダヤ人にその保有を約束した土地であるというものがあるから。これには色々な解釈があるんだけれど、解釈によっては現在のイスラエル、パレスチナ(ヨルダン川西岸とガザ地区)、ヨルダンも含めた土地が『約束の地』であるというものもあります。信仰の深い人の中にはガザは当然ユダヤ人のモノであり、しかもそれは独占的に所有されるものであると考えている人もいるんです。

その2:お金がないから。イスラエルって国はものすごく物価が高い。例えばちょっくらレストランに行ってハンバーガーとポテトとジュースを飲んだりすると800円から1000円かかったりする。「でもイスラエル人はお金持ちでしょ?」っていうイメージがあるけど、それはかなり一部の人たち。観光地からちょっと脇の住宅地に入ればみんな結構カツカツで暮らしてたりする。そんな中で占領地に家を持つのは安上がりなんです。それはまず、もちろん危険なのでそもそも家とか土地が安いのと、ユダヤ人の団体から財政のサポートがあったりするんです。これは上に書いた『その1』が理由でしょう。

そして国の理由。たくさん理由があると思うんだけど長くなるから1個だけ。
理由はイスラエルの政権。イスラエルって国は政権運営がとっても難しい。それは単独で過半数の議席をとるほど、どこも政党が有権者を獲得していないんです。まぁ強いて言えば労働党とリクード党ってのが大きいけど、彼らもなかなか単独で政権!!ってワケにはいかない。現在も、リクード党のシャロン党首が首相だけど、少し前まで政権は少数政党との連立政権だったんです(今はガザ撤退のために労働党と連立してます)。だから結構ぎりぎりの政権運営だった。
そうすると何が起こるかって言うと、その連立内の少数政党の発言力が高くなるんです。リクードってのはそもそも結構宗教色の強い右よりな政党で(一般的には『宗教色が強い』=『右派』ではない。誤解なさらずに!)、その連立政権内には宗教政党とかがあったりする。宗教政党の支持者ってのはもちろん上の『その1』に書かれているような思想の持ち主とかが多いから、当然国策にも彼らの意見が反映されやすい。

でも、このイスラエルの占領政策。さっきも書いたけどものすごくお金がかかる。軍事費が国内総生産の10%を越えたりするする年が普通にある。ちなみにアメリカは3-5%、日本は1-2%ってとこ。はっきり言って国の経済成長にはマイナスなんです。しかもこの軍事費。アメリカからアパッチとかファントム戦闘機とかもらったりしていてもこうなんです。

しかもガザ。ヨルダン川西岸(東エルサレムを含む)にいる40万人の入植者数に対してたった8000人。しかも隣国エジプトはアラブの中では穏健派。軍事戦略的価値も薄れてます。高い金を払って維持する必要性が全くない。それにもちろん国際的な圧力もあるし、そもそも国連安保理決議で撤退が決められてるし、撤退したとなれば国際社会にいい印象も与えられる。私個人的にはなぜ今までガザを維持してきたかの理由を探す方が難しいです。
まぁ多分、やっぱ国内の反発を恐れていたんだろうなーってことかな?政権維持も危ういし。正直この撤退、もし全イスラエル人に問えば、賛成が反対を上回ると思う。でもえてして、こういう事態に行動を起こす人ってのは一握りの急進的な人たち。そういう人たちのことがバッとニュースとかで流れると特に何にも感じてなかった人たちも「あれっ?そうなのかな?」って思う。そうすると国民の感情が徐々にそういう方向に流されていってしまう・・・かもしれない。
昔、アメリカがアフガンで戦争を起こした当初も少し騒がれました、『サイレント・マジョリティー』ってやつ。実は何も意思表示をしない人たち、その中の大半は戦争に反対。でも自分たちのその反対の意見に自信がない。それは9・11後にニュースで始めに流れたのがアフガン攻撃を叫ぶ人たちの姿だったから。「自分の意見は少数派なのかも・・・」って思う。本当はそれが多数派(マジョリティー)なのに。まぁきちんとした統計があるのか知らないけど。参考ね参考。

まぁともかく。ガザ撤退。とても喜ばしいことです。でもこれで終わりません。この次はこれを踏まえて今回の撤退の裏にある問題を軽くさらいたいなって思います。

選挙日記1

20050813222355.jpg

現在俺のいるホムス地区では選挙をやってます。
Firdosは対象村にVillage Committeeという委員会を作っていることは前にお話しました。(7月23日の『俺は今どこで何をしているのでしょ?』参照)
この選挙はそこでボランティアをしてくれる人を選ぶというものです。
ボランティアなのになんで選挙?と思うかもしれませんが、Firdosとしては村に何かを与えるだけでなく彼らと協力して村落開発をしていくというスタンスなので、村人からある程度、信頼や尊敬されている人を委員のメンバーに欲しいのです。もちろん選ばれても拒否できます。

この選挙。ホントに大変。1つの村の選挙で大体6時間とか7時間かかるんですわ。それをみんなボランティアで手伝ってくれる。普通に仕事とかある人も終わった後に手伝ってくれるんです。すばらしいことです。ちなみに俺の地区は16村あります。22日までぶっ通し・・・しかも休みの日は2つ回ります。

こんなんどうせ暇なおっちゃんやおばちゃんしか来ないと思いきや結構若い人たちが手伝ってくれるんですわ。まぁ彼らも今夏休みで、正直村ではやることないってのもあるけど。いや、マジでホントに何にもしてないよあの子達。でも、それでも家にいるほうがマシだしねぇ。

20050813222655.jpg

男性・女性もちろん両方とも来てくれるんですけど、うれしいことに若くて美人の女性が多いんです。もー楽しくてしょうがない。「これ日本語でなんていうの?」とか聞かれたら喜んで教えちゃう。聞かれてないことも教えちゃう。
これで結構日々へこんでるからさー。なんかオアシス?って感じ。

20050813222835.jpg

しかもおばちゃん(写真中央)とか「Takuはいくつ?25?結婚は?まだなの?こん中から1人日本に連れていきなさい。ウッシャッシャッシャッシャ!!」って言うから、俺も「インシャッラー」って言ってウッシャッシャッシャッシャって笑うわけだ。本人たちを前にしてうれしはずかしトークです。まー仕事しろよって感じですよねー。

20050813223018.jpg

いやーでもやっぱ一番癒されるのは子どもですよ。この前テイシーという人口500人くらいの小さな村での選挙のときに、ものすごい絵になる4人を見つけてしまった。最初全然寄ってきてくれなくて『撮れないかな』と思ってたんだけど、それまで撮ってきた写真を見せたら「サワルナー(私たちの写真を撮って)」って言ってきた。2・3枚撮ったらよろこんでねー・・・そっからが大変だった。「もっと撮って!!」ってすごい言うわ、カメラを向けたらポジション取りが激しくなるわ、1人泣き出すわ、しまいにゃ他の子どもたちもやって来て俺を中心に小カオスが出来上がった。
まーもう慣れたけどねそういうの。そろそろかな?と思ってたら案の定おっちゃんが怒って子どもたちを散らして終わったさ。

あー結構楽しいなー選挙も。
それとも俺が幸せな人間なのかなー?

結婚ラッシュ

20050812225300.jpg

ここ1ヶ月。4回も結婚式に参加しました。
1組は日本人カップル、1組は日本人とオランダ人、あとの2組はシリア人です。写真は私の大家の娘であるルダイナの結婚式。

今まで何回かアラブ・イスラム教徒の結婚式には出てきました。
絶対とは言い切れませんが、彼らの結婚式では男女が一緒に結婚を祝うことはなく、男性は男性、女性は女性でお祝いをし、最後に男性が女性たちの待っている場所へ行き、女性側と対面。その時は一部の親族以外の男性は女性側へは入れません。なので、俺も実際、結婚式に参加しても奥さんの顔を見たことはありません。でも大家の家はキリスト教徒なんです。だから男女も一緒。

20050812225444.jpg

シリアでの結婚式にはだいたいカメラマンがいます。写真とかじゃなくTVカメラみたいなの持ったオッサンが式からパーティーまで一部始終を収めます。写真の左端にいる人です。撮ったものをVCDとかビデオとかにしてくれるんですね。
しかしそのビデオ。人のうちとか訪ねると結構見せてくれたりするんだけど・・・これがまたもぅ「えぇー!?」って感じ。

昔、移動中のバスで見た映画。その中で男と女のベッドシーンがありました。抱き合ってベッドに倒れこむ2人。その映像はボカシが入りつつ左側にある花瓶へと移っていきます。そしてそこに挿してある一輪のバラ。その花が落ちるんですよ。ポトッて。

そんな素敵な感覚を持ったシリア人。
普通に撮ったもの見せりゃーいいのに、例えば両親の顔が右上に花に囲まれて映っている斜め左下で新郎新婦がダンスしてるとか、グラスに注がれた水の水面に新婦の顔がこれまた花に囲まれて浮かび上がってくるとか。何が苦しいかってそれを見て一緒につっこんでくれる人がそばにいない。日本人が恋しくなる瞬間です。

さらにその映像に映ってる人たちを見てみんなこう言うのさ。「これがお父さんの兄弟の息子で、これがお母さんの姉妹で一番年下の人で・・・」。こんなんが1時間とか普通に続く。。。いやーもーどーでもいいんだよそんなこたぁーよー。要するにあれだ。親戚が多いんだよ、以上。見せてもらうのはうれしいんだけどせいぜい10分でいい。しかもそのあとに分厚い写真集も用意してるんだからさ。こんなんが今までの経験では例外なく起きてる。
今回の結婚式もそんなんビデオになるんだろうなー。俺はどっかで使われるのかな?

そんな結婚ラッシュの最後を締めくくるかのように、先日、親からのメールで姉が結婚することになったと連絡を受けました。彼氏がいるとか知らなかったから本当に突然でびっくりしたけど日本を出る前からなんとなく姉の結婚式には出れないなという予感はしてました。式は多分来年(まぁまとまればね)。出られないのは残念です。
しっかし、いままで一緒に暮らしていたからすごい不思議な感覚。家族の一人が家を出て違う家族を作る。あー時間が流れているんだなと感じます。

safa.jpg

この前の結婚式で大家の末の娘(写真)が「ルダイナが結婚してスウェーデンに行っちゃうのは寂しい」って言ったんです。その時俺は「でもこれは家族にとって幸せなことでしょ?」って答えました。本気でそう思ったからです。
しかし今、俺も彼女が何を感じてたかが分かります。今までの姉との思い出が特に小さいころの事が何となくいろいろ思い出されて切にこう感じるんです。『あー俺はあの人と本当に姉弟だったんだな』と。

うれしさと寂しさと心細さが混在している感覚。いかに自分が姉の肩をかりて生きてきたかを実感します。手紙とか書こうと思ってるんだけどどーすればいいのやら・・・いざとなると情けないもんです。

まぁとにかく。今回結婚されたすべての皆さん、そんでもってこれから結婚する我が姉。
幸せと共にありますように。

こざかしい!!

奨学金の面接話、『フランス語ハ話せマスカ?』(8月3日)の続きです。

語学面接。
最初はタダなんとなく思いついたことを聞いてました。
でもそれじゃフェアじゃなくなるかもしれないから、すぐに質問を固定することにしました。
質問は3つ。
1:もし奨学金(奨学金はアラビア語で書いてあげた)をもらえたら何を学び  たいですか?
2:あなたの村には何人の人が住んでいますか?
3:勉強を終えたら将来何になりたいですか?
これを俺が紙に書いておいてそれを声を出して読んでもらう。
はっきり言って理解するのは簡単です。高校卒業者ですから。

読んでもらったあと、さらにこの質問に英語で答えてもらう。これが結構みんな苦労してました。私たちと同じでなかなか英語を話す機会がないようです。でもそんな中で出来そうな人にはプラスアルファで答えに関連した質問はしました。

そしてもう一つ。アラビア語で書いてある単語を英語で言ってもらいもしたんです。
『結果(result)』『目的(purpose)』『選挙(election)』『住所(address)』にあたるアラビア語4つを用意。これはほとんどの人が『選挙』が分からなかった。あーこの国には『選挙』って言葉は要らないのかなー?と感じたひと時。

面接はおおむね順調。あっついし、おなかも減ってたけど、一人一人答えることも違うし、結構おもしろかったんです。

ところが。
残りの面接も10人を切ったあたりでしょうか。一人評価の困る女性が出てきました。話すほうはあんまりだったのに、単語はスラスラっと答えたんです。そう、『選挙(election)』ですら。ただ、speakingの時に『歴史(history)』という単語も言えなかった子ですから、少々心にわだかまりを残しながらもさすがに一番いい評価はあげませんでした。

そして次の男性。こいつがまずかった。下手うった。
年齢を聞いて「18(eighteen)」すらやっと搾り出した感のこの学生。
最後の単語テストを(発音はともかくとして)またまたスラスラ答えやがった。もちろん「ブラボー」(こちらでは良く使う)と言ってやったさ。大人だから。でもすぐに確信に至る。『こいつら前の人から何が出るか聞いている・・・』

俺も昔はこういうこと結構やった。どうにか少しでもいい点数とろうと違う努力をした。はっきり言ってこざかしさにかけてはレベルが高い自信がある。そーやって生き抜いた時期がある。しかも長い。そんな俺にとって彼らの仕事は甘すぎる。見破れんわけがない。なんでろくに話も出来なかったやつが単語だけスラスラ出てくる?もーまさにシュグル・アラビー(直訳:アラブの仕事。うちの大家が良く使う。『仕事が雑』の意)です。欺きたくば最低でも1週間は計画を練れ!

そこで早速まず、紙に書いた3つの文より簡単な質問を用意。さらに単語も前の4つより簡単なものを4つ用意。この『簡単』ってのがミソですね。
生徒には前の人たちと同じものもやらせます。大体の人はできる。だって答えを用意できるんだから。でももし、それより明らかに簡単なこの新しい質問たちに答えられなかったら?そりゃーあんた、何が出るか聞いたっしょ!?というわけです。

賢いつもりでもまだまだヒナ鳥。いってせいぜい子ウサギです。目の前に見える罠を避けて喜んでいるそのおぼつかない足元をジャッカルは見逃しません。

また言い訳ですけど、別にいじめようと思ってやったんじゃないですよ。判断基準を見失って前の人との結果に不公平が起こらないようにしたかったんです。まさか自分たちの競争相手に試験で何が出るかを教えるとは予想できなかった俺のミスでもあると反省もしてます。始めから質問を何ケースか用意できてればよかったんだけど。面接時に突然ふられたんです、「これからTakuがあなたと英語で話します」って。「おい!!前もって言っとけよ!」って心の中では叫んださ。

まぁでもこの作戦。正直大成功。
特に新しい4つ単語の中で『動物(animal)』は効きました。これ出てこないのに出ないでしょ『選挙』が、普通は。ただ文章のほうは質問を変えなくても出来ない人は出来ないことが判明。

かわいいかわいい我が地区の生徒たち。来年はどんな手を使ってくるか今からもうゾクゾクです。

最後にこの語学のテスト。今更ながらなのだが、俺は結果なんぞどうでもいいと思う。英語なんて必要な人が大学に入ってからやればいい。この国の高校までの語学授業のレベルだって高くないことは知っている。もちろん、きちんと話せば『勉強をしていた』という一つの指標にはなるけれど、例えば、家に余裕がなくて学校後は毎日家の畑の手伝いをしている人は語学なんてやんないし、やらなくてもいいと思う。それよりもやっぱ人物ですよね。
それに問題なのは恐らく今のところ俺のいるホムス(都市の名前)でのみ面接中に語学テストを入れてしまっていること。この結果はホムスでの選考には役に立つ。けどそれが本部に送られて他の地域と比べられたら?他の地域は語学のレベルなんて申告されたままに送ってくるからホムスの生徒に不利になる可能性は高い。
だから本部には俺が語学試験をやったこと、そしてそんなものは選考時に当てにならないことを伝えなくてはいけない。絶対に。不公平にならないためには(楽しんだ分の)後始末もきちんとしないと。

面接中に『この人には是非奨学金を取ってほしい』と思う人が何人もいた。特に女性のレベルの高さに(変な意味じゃなくて)驚いた。俺が選考するんだったら女8割、男2割くらいになるとおもう。メインで話している内容はアラビア語だから分からないところが多いけれど、態度だったり、声の大きさだったり、語学も含めて明らかに女性の方が上であったと思う。

この国ではまだまだ特定職種以外で女性が仕事を持ちある程度の収入を得るのは難しいです。
同じ仕事を得るのでも男性の数倍努力を必要とするでしょう。そういう面では日本も厳しいと思うけれどシリアの方が数倍厳しいのは確か。まぁそもそも仕事ねーし、シリア。
そういう女性を取り巻く厳しい状況が彼女らの能力を高めているのかな?と思います。若い女性と話すと働きたい人ってたくさんいるんです。でも彼女らも知ってるんですわ、それが恐らく夢で終わってしまうことを。シリアを取り巻く男性優位の雰囲気はまだまだ厚い。家族だって娘には早くお嫁に行って欲しい。この雰囲気に少しも飲み込まれない女性なんてそうそう出てこれやしません。

奨学金、みんなにあげられれば良いのに・・・


フランス語ハ話せマスカ?

20050803002333.jpg


Firdosは高校新卒者のための奨学金のプログラムも実施しています。
今年の定員は30人。結構な数です。
でも、対象としている村が60もあるから獲得できる人はごくわずか。
まずそれぞれの地区ごとの選考があって、その結果が本部に送られそこでまた選考されるという仕組み。今日は、うちの地区の選考に参加しました。

正直不安だった。俺と同じく協力隊としてFirdosに派遣され、クネイトラで働いている友達がこの前同じく奨学金の選考時にちょっとしたトラブルにあったから。
http://blogs.yahoo.co.jp/daichi_syria/8246944.html
俺もこんなことになったらどーしようかなーと・・・

それが結果から言えばものすごく予想に反して、よくやった。
飽きもせず一人一人が言っている事にあわせてよく質問しよったわ、うちのコーディネーター。実はいっつも評価が低いんです。でも汚名挽回って感じ。きちんとやり方もあってたし。暑いのに個人情報が漏れないように窓まで締め切って・・・
ただ一人にかける時間が長すぎて、午後4時半には終わるはずが8時になったけど。でもそもそも8時半開始のはずが最初の村の生徒が時間通りに来なくて10時半スタートだったんだけどね。ていうか奨学金の面接に遅れてくるとは何事ぞ?

ここからが本題。
面接中、面白い仕事を授かりました。
奨学金申請書に『語学』の欄があるんです。『大変良い』『良い』『まぁまぁ』『だめ』の4段階。皆さんお分かりでしょうが、大体の人が『良い』につけてくる。
彼らは一応6歳から英語、12歳からフランス語も学校で習うんです。でも話す人は少ない。そこでワタクシが仮面をお剥がしするんです。
しかも俺はこう聞く。「これからあなたに私と英語かフランス語で話してもらいます。どちらの言語が良いですか?」

俺のこと今すごい人だと思いました?周りになかなかいなくないですか?この2大言語を2つとも話す日本人。
ただ残念なことにもちろん俺はフランス語なんて全く話さない。でもこの2ヶ月の村の暮らしから一つの確信を得ていた。『彼らもフランス語は全く出来ないから確実に英語を選んでくる』と。

誤解のないようにいいますけど、別に見栄を張りたかったわけじゃない。
ただ仮に俺が最初に『フランス語が出来ない』というと面接で彼らが英語が出来なくて『私はフランス語のほうが得意なんです』といわれたらそれが本当か嘘か分からない。過去に中東旅行をした時もこんな言い訳を何度も耳にしていたのでそれを回避したかったんです。

しかし、生徒たちにはこう思うでしょう。『この日本人は英語もフランス語もペラペラだ!』。
俺はそんな誤解は全然気にしない。しかも英語だってそんなに堪能ってワケじゃない。ただ彼らよりは話せる自信はあった。

まぁ結果は本日の面接者32人の内32人、つまり全員英語を選びました。しかもみんな結構必死に「English! English!」と言ってましたさ。フフフかわいい奴らめ。しかし今日もこれでは終わらなかった。面接の終盤になって小細工し出した奴が現れたのです・・・・(続く)

おもてなしのお食事は?

20050801213515.jpg

「日本ではお客さんが来た時に何を出すの?」
こんなことを聞かれました。
シリアでは(一概には言えないだろうけど)クッベというミンチの羊肉をパン生地のようなものでくるんで揚げたもの(写真中央の茶色のやつ)がよく出されるそうです。

正直答えに困りました。そー言えば、誰かを招待して飯を食うというのは日本で最近したことがありません。小さいころはうちでも結構あったんだけど・・・何を出してたかなー?
シリアには『おもてなしの文化』見たいなものがあると感じます。昔、シリア周辺の国に旅行に行った時も思ったのだけれど、『私の国にようこそいらっしゃいましたね』っていう人々の気持ちをすごい強く感じることができるんです。言葉なんて全然通じなくても、始めは名前なんか知らなくても問題ない。最終的に名前と出身地が分かればOK。さらに兄弟の有無がわかれば万々歳。

まぁお客と言っても、うちの村では、ちょっと遠くに住んでる親戚とか、同じ村にいる友達とかって感じですけど。まぁだから俺は常にお客です。しかも結構レアな。
だってシリアの農村になぜか日本人!村にきてもう2ヶ月たちますが、まだまだみんな興味津々です。

まぁともかく、やっぱ刺身かな?と思いまして、「生の魚」と答えたわけさ。そりゃーいい反応が返って来るわきゃない。
都市部では『寿司』って結構知られているんですけど、この人たちは知らなかった。
「生の魚を何と一緒に食べるの?」
「お米」
「魚とお米だけ!?」
そこで醤油のことを説明したかったのだけれど、無理なので、「日本のソース」とだけ言ったんです。でもそれで納得したご様子。
「そーよねー。お米と生魚だけじゃないわよねー。」みたいな。

ホントは天ぷらとか、もっといろいろあるよ!!ってことを伝えたかったのだけれど、お話はすぐに次の話題へ移ってしまいました。
なんか日本の食文化が貧しいように聞こえてしまっていたら心外。超心外。
日本の食事を紹介するアラビア語の雑誌とかはないものか・・・
『美味しんぼ』とかが翻訳されれば最高なんだけどなー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。